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横浜地方裁判所 平成7年(ワ)110号 判決

原告

石川直正

右訴訟代理人弁護士

佐藤利雄

神崎直樹

高﨑英雄

被告

今市一雄

被告

和田房枝

被告

福菅節子

被告

佐藤誠子

被告

福永克子

被告

大島照子

右六名訴訟代理人弁護士

岡田尚

杉本朗

小川直人

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、原告に対し、各自金一二〇〇万円及びこれに対する平成七年二月三日から(被告福永克子については同月九日から)支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告に対し、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞の各神奈川地方版に、別紙一記載の謝罪広告を同記載の条件で一回掲載せよ。

第二事案の概要

本件は、医療法人直源会相模原南病院の従業員であった被告らが、平成六年九月二四日、相模原南病院労働組合を結成し、同年一一月から一二月にかけて、相模原南病院労働組合執行部ないし相模原南病院の良い医療をめざす労組を支援する会の名義で原告に関する虚偽の事実や原告を中傷誹謗する合計四種類のビラを作成ないし配布する行動に出たことによって、同医療法人の事務局長であった原告の名誉ないし信用が毀損され損害を被ったとして、原告が、被告らに対し、不法行為に基づいて損害賠償及び謝罪広告掲載を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠等によって明らかに認められる事実(証拠等の摘示のない部分は、争いのない事実である。)

1  原告は、昭和五六年一一月一六日、相模原南病院(当初は個人病院であった。)を創設したが、平成四年八月、同病院を医療法人直源会(以下「直源会」という。)として法人化した。直源会は、相模原南病院(以下「南病院」という。)を経営する医療法人であり(弁論の全趣旨)、原告は現在、同法人の事務局長の地位にある。

2  被告佐藤誠子(以下「被告佐藤」という。)は直源会の従業員である。また、その余の被告ら及び訴外井草智子(以下「訴外井草」という。)は、いずれも期間の定めなく直源会に雇用されて南病院に勤務していた者である(弁論の全趣旨)。

3  訴外米元清(以下「訴外米元」という。)は、南病院の病院施設の警備等を目的とする株式会社藤沢医科工業(以下「藤沢医科工業」という。)との間で、平成六年四月一一日、期間の定めのない雇用契約を締結し、南病院の警備の業務に従事していた者である(弁論の全趣旨)。

4  被告らを呼びかけ人として、平成六年九月二四日、直源会南病院及びその関連会社の従業員による相模原南病院労働組合(以下「南病院労働組合」という。)が結成され、被告今市一雄(以下「被告今市」という。)が執行委員長に就任した(〈証拠略〉、被告今市本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる〈証拠略〉、被告今市本人、弁論の全趣旨)。

5  被告らは、被告今市の指示の下、平成六年一一月四日ころ、南病院労働組合執行委員会作成名義に係る別紙二及び三のビラ〈略〉(別紙二及び三のビラは、一枚のビラの裏と表の関係にある。)の作成に関与し、右同日ころ、被告和田房枝(以下「被告和田」という。)、被告福菅節子(以下「被告福菅」という。)、訴外高梨恭子(以下「訴外高梨」という。)の三名が同ビラを配布した(同ビラの内容は争いがない。その余の事実については、〈証拠略〉、被告今市本人)。

同ビラの裏面には、別紙二のとおり、「オーナーである石川直正氏が、一切公的場所に顔を出さず、改善の方向に動き出すと逆転させる指示を出して混乱させているからです。病院収入をいくつもの下請会社が吸収する運営をし実際は、患者さん達が多額な自己負担となっているのを思うにつけ、これらをやめ、当病院が地域住民から大きな信頼がよせられる病院とする為まじめな職員排除をやめ、堂々と交渉の場で話あいましょう。」との記載(以下「記事イ」という。)がある。

また、同ビラの表面には、別紙三のとおり、「石川事務局長の感情によって運営・私物化されている南病院」との記載(以下「記事ロ」という。)がある。

6  被告らは、被告今市の指示の下、平成六年一一月二二日ころ、南病院労働組合執行部作成名義に係る別紙四〈略〉のビラの作成に関与し、右同日ころ、被告和田、被告福永克子(以下「被告福永」という。)、訴外高梨の三名が同ビラを配布した(同ビラの内容は争いがない。その余の事実については、被告今市本人)。

同ビラには、別紙四のとおり、「他団体に平然と虚をつく石川直正氏この間の態度に反省を」との記載(以下「記事ハ」という。)がある。

7  被告らは、被告今市の指示の下、平成六年一一月二六日ころ、南病院の良い医療をめざす労組を支援する会作成名義に係る別紙五〈略〉のビラの作成に関与し、右同日ころ、被告今市、被告和田、被告福永、被告大島照子(以下「被告大島」という。)、訴外米元の五名(被告佐藤及び同福菅も配布したかについては、後記のとおり争いがある。)が、同ビラを南病院の周辺及び小田急線相模大野駅頭において通行人に配布し、もって不特定多数の者に閲読させた(同ビラの内容及び配布の点は争いがない。その余の事実については、被告今市本人)。

同ビラには、別紙五のとおり、「平然とウソ・法律の前に“私の常識”???」との見出しのもとに、「全職員の朝礼(組合員もいる)で、組合員を名をあげて批判→「私は言ってない」一一月一八日交渉の場で、「休日手当は払っている」(一一月一八日同右)→誰も払われていない。、「法律の前に常識がある」(一一月一一日)「職員組合に回答したから(回答は)カットする」(一一月一八日同右)、合意もしていない事項について、一方的な通知を出して『約束した事を守れ……』こんな語録が一一月一一日から一八日までに次々と出ています。説明して石川さん。」との記載(以下「記事ニ」という。)、「まともな事を言えば、嫌がらせ、職場八分をして追い出す。こんな事が続くから、石川直正氏のワンマン状態が続けられるのです。」との記載(以下「記事ホ」という。)、「県立高校に看護課(ママ)の新設を公約している石川直正さんが、医療の出身と聞いて、目の前がまっくらになりました。なんと看護婦の願いを知らない人なんでしょうか。今どき准看護婦をつくり出すなんて、とんでもない話です。こんな人だから、平気で自分の病院の大事な職員の首をきれるんですネ、皆さんまけずに頑張って。」との記載(以下「記事へ」という。)がある。

8  被告今市は、平成六年一二月一二日ころ、南病院労働組合執行部作成名義に係る別紙六〈略〉のビラを作成し、右同日ころ、被告今市の指示の下、同人のほか被告和田、被告福永、被告大島、訴外米元の四名が同ビラを配布した(同ビラの内容は争いがない。その余の事実については、被告今市本人)。

同ビラには、別紙六のとおり、「12月6日第1回裁判病院側はだれも出頭せず、法律のルールも無視」との見出しのもとに、「病院側は、裁判の当日になって、初めて手続に関する件で裁判所に電話をしてくる有様で、久米理事長、石川事務局長も出頭せず、代理人(弁護士)すら出廷しない失態を演じています。この事実は、石川氏が団交を拒否し続けている理由として「法律の前に常識だ」と言っている法治国家の一員として、非常識な、自己中心、利己主義の一面をいみじくも露呈したと言えるでしょう。(常識とは法律を守る事を基準としますヨネ」との記載(以下「記事ト」という。)がある。

二  争点

本件の争点は、

〈1〉  被告らが記事イないしトが記載された別紙二ないし六の合計四種類のビラ(以下、まとめて「本件ビラ」という。)を作成ないし配布したことによって、原告の社会的評価が低下し、もって原告の名誉ないし信用が毀損されたといえるか、

〈2〉  原告の社会的評価が低下したとして、本件ビラの記載内容は、公共の利害に関する事実に関わり、公益目的を有し、かつ、真実であるといえるか、であるが、この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

1 原告の主張

(一) 被告らは、平成六年一一月四日ころ、真実に反する記事イ及びロを記載した別紙二及び三のビラを南病院周辺や小田急線相模大野駅周辺において不特定多数の者に投函ないし配布したことにより、南病院の創設者として地元で一定の評価を受けている原告の社会的評価を低下させ、もって原告の名誉ないし信用を著しく毀損した。

(二) 被告らは、同年一一月二二日ころ、記事ハを記載した別紙四のビラを南病院周辺において不特定多数の者に投函ないし配布したことにより、原告の社会的評価を低下させ、もって原告の名誉ないし信用を毀損した。

原告は嘘をついたことは一切なく、また、同ビラ中の「他団体に平然と虚をつく石川直正氏この間の態度に反省を」という見出しに続く内容の記載にも具体的な嘘の摘示がないことからすれば、被告らが同ビラの投函ないし配布の際、単に原告を誹謗中傷する表現を用いて、いたずらに原告の社会的評価を陥(ママ)める意図を有していたことは明らかである。

(三) 被告らは、同年一一月二六日ころ、真実に反する記事ニ、ホ及びヘを記載した別紙五のビラを南病院周辺及び小田急線相模大野駅周辺において不特定多数の者に投函ないし配布したことにより、原告の社会的評価を低下させ、もって原告の名誉ないし信用を毀損した。

(四) 被告らは、同年一二月一二日ころ、真実に反する記事トを記載した別紙六のビラを南病院周辺において不特定多数の者に投函ないし配布したことにより、同ビラを閲読した者にあたかも原告が法律を無視する非常識な人間であるかのような印象を与え、原告の社会的評価を著しく失墜させ、もって原告の名誉ないし信用を毀損した。

原告ないし直源会は、同ビラ記載の平成六年一二月六日の仮処分双方審尋期日前に、債務者(直源会)代理人弁護士に相談依頼し、同代理人から裁判所に対して、同期日には同代理人弁護士は出頭できない旨予め連絡を取り、その結果、同期日は債権者ら(被告ら及び訴外井草)からのみ事情を聴取する期日となっていた。にもかかわらず、被告らが同ビラにおいて、債務者が出頭すべき期日であるかのような前提のもとに、出頭しなかったことをもって、あたかも原告が法律を無視している旨記載しているのは、非常に悪質である。

(五) 被告らが別紙二及び三、四、五、六の四種類のビラを作成ないし配布した行為が、南病院労働組合の教育宣伝活動としてなされたものであるとしても、右行為は労働組合運動を甚だしく逸脱するものであって社会的相当性を欠き、違法である。

(六) よって、原告は被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料一二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成七年二月三日(被告福永については同月九日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告の名誉ないし信用回復のための適当な処分として別紙一記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める。

2 被告の主張

(一) 別紙二及び三、四のビラはいずれも労働組合ニュースであり、南病院労働組合組合員をはじめ南病院職員に対しては配布したが、南病院周辺及び小田急線相模大野駅周辺において不特定多数の者に投函ないし配布したことはない。

(1) 別紙二及び三のビラについて

原告は、直源会南病院のオーナーである。

また原告は、通称「藤沢グループ」のオーナーであり、直源会南病院の他に、藤沢医科工業、株式会社藤沢食品、古渕歯科医院、有限会社あじさい家政婦紹介所をその傘下におさめている。例えば、藤沢医科工業は、南病院の警備等を受け持ち、有限会社あじさい家政婦紹介所は南病院へ付添看護婦を派遣している。

被告らと同じ南病院労働組合組合員の米元は、南病院の求人募集に応じて入職し、南病院職員の業務指示に従っているが、その身分は藤沢医科工業の従業員である。

直源会南病院の理事長及び院長は久米睦夫であるが、これは名目だけで、現実には原告がオーナーとして全ての実権を握り、南病院の運営は人事等も含め原告の意のままであり、被告らが解雇されて以降の一年間でも従業員の半数の一〇〇名近くが退職している。

別紙二及び三のビラに記載されている記事イ及びロの内容は、いずれも南病院労働組合の表現活動として正当な論評の範囲内にとどまっており、原告の社会的評価を低下させたとまではいえず、原告の名誉ないし信用を毀損したとはいえない。

また、仮に原告の社会的評価を低下させたとしても、記事イ及びロの内容は、公共の利害に関する事実に関わり、かつ、公益目的を有し、真実であるから、別紙二及び三のビラを作成ないし配布した行為は、違法性を欠くものである(この点は、別紙二及び三のビラ以外の本件その余のビラについても同様に主張する。)。

(2) 別紙四のビラについて

「管理春闘打破・争議支援地域要求実現一一.八県北地域秋の総行動実行委員会」が発した直源会南病院宛の抗議申し入れ書に対して、直源会南病院の一九九四年一一月一五日付回答書には、「病院は当該労働組合と継続交渉中です。よって、今後は当該労働組合に対してのみ交渉回答していきます。」と記載されている。にもかかわらず、直源会南病院が南病院労働組合の団体交渉に応じていないという記事は別紙四のビラ中に明確に記載されている。

それゆえ、直源会南病院の事務局長である原告が他団体に回答したことと食い違い、嘘を言ったことになる旨の同ビラ中の記事は、正当な論評の範囲内にとどまっており、原告の社会的評価を低下させたとまではいえず、原告の名誉ないし信用を毀損したとはいえない。

(二) 別紙五のビラについて

被告佐藤誠子及び被告福菅節子は、別紙五のビラを小田急線相模大野駅頭で配布したことはない。同ビラに記載されている記事ニ、ホ及びヘの内容は、いずれも正当な論評の範囲内であり、原告の社会的評価を低下させたとまではいえず、原告の名誉ないし信用を毀損したとはいえない。

(三) 別紙六のビラについて

別紙六のビラに「病院側はだれも出頭せず」と摘示された平成六年一二月六日という日は仮処分の双方審尋期日であり、にもかかわらず債務者(直源会)側の都合で代理人就任が遅れ、同期日に債務者の代理人が出頭できなかっただけである。代理人が出頭できなければ、債務者代表者が出頭し、その旨陳述すればよかったにもかかわらず、債務者側はその手立てすらとらなかった。よって、同ビラに記載されている記事トの内容は、正当な論評の範囲内にとどまっており、原告の社会的評価を低下させたとまではいえず、原告の名誉ないし信用を毀損したとはいえない。

(四) 被告らによる本件ビラの作成ないし配布は、労使関係の激しい対立を前提として、労働争議状態にある対立当事者の一方が相手方を攻撃するための教育宣伝活動としてなされたものであることを考慮すると、記事イないしトの内容は、いずれも正当な論評の範囲内にとどまっており、原告の社会的評価を低下させたとまではいえず、原告の名誉ないし信用を毀損したとはいえない。

(五) 被告佐藤を除く被告ら五名に対する直源会南病院による解雇処分に関して、平成七年一月二五日横浜地方裁判所において賃金仮払仮処分の決定が下され、右決定に基づいて同月二七日強制執行がなされたことに対して、原告が感情的に反発し、その三日後に提起したのが本件訴訟である。本件訴訟提起そのものが労働組合活動の基本である教育宣伝活動を弾圧する目的に出たものであり、不当労働行為のそしりを免れない。

第三原告の請求の可否についての当裁判所の判断

一  証拠(〈証拠略〉、被告今市本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる〈証拠・人証略〉、被告今市本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  ケースワーカーであった被告大島に対する平成六年八月の配転問題を契機として同年九月二四日に結成された南病院労働組合の執行委員長に被告今市が、副執行委員長に被告和田が、執行委員に被告福菅、被告佐藤及び被告福永が、会計監査に被告大島がそれぞれ就任し、同組合から直源会に対して労働条件の改善等の要求と団体交渉の申入れが行われるに至った。

そして、このような状況の中で、直源会南病院は、同年一〇月二一日から同年一二月五日にかけて、被告佐藤を除く被告大島、被告今市、被告和田、被告福永、訴外井草及び被告福菅に対し、同被告らを順次解雇する旨の意思表示をし、また、藤沢医科工業は、同年九月三〇日、訴外米元に対し、同人が同日をもって同会社との間で退職の合意をしていること、若しくは同年一〇月一五日限り解雇する旨の意思表示をしたことを理由として、同月一日からの就労を拒否し、賃金を支払う意思のないことを明言した。

2  そこで、まず、被告佐藤を除く被告ら及び訴外井草の六名が債権者となって、直源会を相手方(債務者)とし、解雇権濫用及び不当労働行為を理由として、横浜地方裁判所に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める旨の仮処分及び解雇日の翌日以降の賃金仮払仮処分の申請をしたところ、同裁判所は、平成七年一月二五日、右債権者らに対する解雇は、解雇事由がなくしてなされたものであって、解雇権を濫用するものであるなどとして、債権者側の賃金仮払仮処分を認容する旨の決定をした。

次いで、訴外米元が債権者となって、藤沢医科工業を相手方(債務者)とし、解雇権濫用を理由として、横浜地方裁判所に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める旨の仮処分及び解雇日の翌日以降の賃金仮払仮処分の申請をしたところ、同裁判所は、平成七年三月一〇日、債務者主張の退職の合意は認められない上、解雇の事実も認められないなどとして、債権者側の賃金仮払仮処分を認容する旨の決定をした。

3  原告は、南病院のオーナーであるばかりではなく、藤沢医科工業、株式会社藤沢食品、有限会社あじさい家政婦紹介所等を傘下におさめる「藤沢グループ」と通称されるグループのオーナーでもあり、南病院をはじめ右グループの全ての実権を握っている。

4  本件ビラのうち別紙五のビラは「南病院の良い医療をめざす労組を支援する会」作成名義に係るビラであり、その余のビラは南病院の組合ニュースであるところ、それらの配布については、別紙五のビラは南病院の周辺及び小田急線相模大野駅頭で通行人に対して行われた(前記のとおり)が、別紙二ないし四のビラは南病院内で職員を対象として、別紙六のビラは同病院前で出勤する職員を対象としてそれぞれ行われた。また、それらの配布数は、おおよそ、別紙二ないし四のビラはそれぞれ六〇ないし一〇〇枚程度、別紙五のビラは五〇〇枚程度、別紙六のビラは三〇ないし四〇枚程度であった。

二  前記各認定事実等によれば、本件ビラの作成ないし配布が行われた当時は、原告がオーナーとして実権を握っている南病院を経営する医療法人(直源会)やその傘下にある会社(以下、これらを単に「原告側」ともいう。)と、被告大島の配転問題を契機として結成された南病院労働組合や被告らを含む組合員ら(以下、単に「被告ら側」ともいう。)との間には、原告側の行った解雇等を巡って激しい対立が生じていたころであり(本件ビラの配布直後ころに、原告側のした解雇は全く根拠もなく行われたことを理由とする被告ら側ほぼ全面的勝訴の決定等が出ていることは前記のとおりである。)、本件ビラの配布等は、労働紛争状態にある対立当事者の一方である被告ら側が相手方である原告側の非を攻撃し、自己の主張・要求を明らかにすることを目的として行われたものということができる。

そして、本件ビラの記載内容も、右の目的にほぼ沿った内容のものであって、右の労働紛争とは無縁の原告個人の私事に関する批判攻撃までに至っているとは認められず、しかも、本件ビラの目的が右に述べたとおりであることは、その記載内容自体からも明らかであるから、これらの配布を受けた者においても、記載内容に対立当事者に対する非難をはじめとする作成者側の主観的な見解が多少含まれていたとしても、そのような見解を幾分割り引いて理解することが一般的に予想され、かつ期待されているものということができる(なお、このことは、小田急線相模大野駅頭で一般通行人に対して、組合への支持を訴えるため配布された別紙五のビラについても同様と解される。)。そして、原告が真実と異なると主張する本件ビラの各内容についても、多少主観的見解にわたる部分がなくはないものの(それらも、右に述べた割り引いた理解の対象とされる範囲内のものと解される。)、殆どは真実に反するとまでは認められないもの(前掲各証拠)ばかりである。

以上の諸事情を総合考慮すると、本件ビラの作成ないし配布によって、原告の社会的評価が低下したとまでは認められず、原告の名誉ないし信用が毀損されたとはいえない。

第四結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木敏之 裁判官 北村史雄 裁判官 飯野里朗)

別紙一 謝罪広告

平成六年一一月四日から同年一二月一二日にかけて、相模原市大野台〈以下略〉医療法人直源会経営の相模原南病院ないし小田急線相模大野駅周辺において、貴殿を「嘘つき」呼ばわりする等のビラを投函、配布して貴殿の名誉信用を著しく毀損し、多大の御迷惑をかけたことお詫び致します。右行為は組合活動の範囲を逸脱し、不用意な行為であったことを認め、ここに謹んで謝罪します。

平成七年 月 日

(住所略)

今市一雄

和田房枝

福菅節子

佐藤誠子

福永克子

大島照子

石川直正殿

大きさ 二段ぬき見出及び原告名

一.五倍活字、本文一倍活字

掲載場所 社会広告欄

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